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■ 六章:2nd-Wave Black Metalの興り

darkthrone2nd.jpg 前回、ヨーロッパにおいてデスメタルの範疇にもありながら、脱デスメタルを志向して形成され、ブラックメタルというジャンルが明確化されていったことを説明したが、当時デスメタルバンドとして活動していたDarkthroneが突然、コープスペイントを身にまといメンバーの名前も改名して1992年にリリースした2ndアルバム”A Blaze in the Northern Sky”は強烈だった。もちろんベースとなる音楽はBathoryのものだったが、その音楽性を更にアルバムジャケットのように漆黒に塗りつぶしたサウンド、そして意図的なロウサウンドプロダクション、そして翌年以降のライブ活動停止(神秘性)と、その後のブラックメタルの路線を大きく決定づけるスタイルをシーンに叩きつけた。これは1stアルバムをリリースした1991年にEuronymousと出会い、かのインナーサークルに加入したことが影響している。これが2nd-Wave Black Metalの興りである。 

 さらにこのインナーサークルを取り巻いたスキャンダルな事件の数々が、このジャンルの異様性を高めていった。この辺りは様々なメディアが取り上げていて作品にもなっている事なので割愛するが、BeheritのNuclear Holocausto Vengeance氏は当時、こう述べている―「(様々なノルウェーの事件について)俺は理解できないけど。そんなのノルウェーで起きているだけだからね」

 この状況はさらにノルウェーとフィンランドの「Dark War」と呼ばれる抗争に発展した。この状況以前のブラックメタルは非常に小さいシーンの中で、どのバンドも共通の志向性を持っている”塊”だったというが、音楽表現ではない過激な”表現”がシーンを変えてしまった。1993年あたりに起きたと言われるブラックメタルのオーバーグラウンド化である。Archgoatは「1993年から1994年にかけて、ブラックメタル自体がコマーシャリズムに侵されてアンダーグラウンドからオーバーグラウンド化していくのを目の当たりにしていた。我々はそんな間口が広くて誰でも出入りが可能なブラックメタルシーンにうんざりしたのさ」と述べている。実際、ブラックメタルとして知名度の高いMayhemの1st、Emperorの1stは1994年にリリースされており、オーバーグラウンド化の中で知名度を高めたアルバムだと言えよう(もちろん2nd-Wave Black Metalの代表的な音源でもある)。

 そしてBeherit、Archgoatは活動を停止したわけであるが、同様の理由で他の地域でもWar/Bestial Black Metalは撤退していくことになる。もちろんあのバンドもだ。


■ 七章:メインストリームからの撤退と雌伏

fuck_christ_tour.jpg ここで話をWar Black Metalの権化、Blasphemyに戻そう。1989年の1stデモ以降、1990年に1stアルバム” Fallen Angel of Doom....”、1993年に2ndアルバム” Gods of War”をリリースし、さらに同年、"Fuck Christ Tour"と題してImmortal、Rotting Christを従えたヨーロッパツアーを回った後、そのまま解散してしまった。つまり、それもまた1993年のことである。

 この解散劇についてはまず1991年に加入したベースプレイヤーのAce Gustapoのもたらした問題がある。彼のことは後にオリジナルメンバーが「ポーザーだった」と糾弾しているが、そのためもあってか2ndアルバムの出来についても不満があったようである。もう一つの要因はブラックメタル事態の取り巻く環境の変化であろう。2008年のインタビューで後にWar Metalとして呼ばれるようになったことについてこう答えている。「そういうラベルを貼られたのは随分後の話で、当時はBlasphemyはシンプルにブラックメタルバンドだったのさ。雪だの木だのをテーマに歌いだしたヒッピーでグラムメタルバンドがブラックメタルを自称し始めるまではな」と。

conquror.jpg なお、この頃のBlasphemy人脈筋としてはAntichrist(1990年結成)、Domini Inferi(1992年結成)、Conqueror(1994年結成)がRoss Bay Cult界隈として有名だが、Antichristはこの当時、音源を残していない。正確に言えば後にリリースされることになる1stアルバム” Sacrament of Blood”のレコーディングを1994年に済ませていたが、この時点では封印されていた。Domini InferiとConquerorは共に後のRoss Bay CultのオーナーになったRyan Förster氏のバンドで、特に後者はBlasphemyの血を絶やさないためであるかのようにアンダーグラウンドで活動していたが2本のデモを残して活動を停止している。1999年にEvil Omen Recordsよりリリースされた1stアルバム” War Cult Supremacy”の時点では既に解散していたようである。この作品はBlasphemyと比べるとよりハードコア路線を追求したようなサウンドで、RevengeとBlasphemyの丁度中間のような作品になっている。また後にヒスパニック系Blasphemyと呼ばれるようになるアメリカのMorbosidadもこの時点では2本のデモを出したのみで活動を停止している。

 またヨーロッパにおいては、Blasphemyとの関係性も指摘されたノイズグラインドコアのBloodのメンバーであったDominus A.S.氏によるNaked Whipper(1993年結成)がBlasphemyやBeheritとはまた異なったタイプの自称”Sado Grind Metal”という音楽性で、かなりグラインドコア寄りのブラックメタルをプレイしており、1stアルバム” Painstreaks”は後に大きく評価されることになったアルバムである。

bestial_Warlust.jpg 一方、五章で取り上げたオーストラリアのCorpse Molestationは1993年にBestial Warlustと改名、バンドスタイルもBlasphemyの影響を受けたスタイルへと推移しながら、さらに恐らくSarcófagoの影響も受けたWar/Bestial Black Metalに仕上がっている。彼らが残した音源を聞くと感触としてはとにかく「突撃!」というバーバリアンな印象が強烈に残るのは、そのような影響からきているのではなかろうか。結果としてBestial Warlustはオセアニアブラックメタルの礎となった。だが、この時の世界の潮流は既にこのスタイルではなく、彼らも世界的成功を収めることなく1997年に解散してしまった。メンバーはその後、Gospel of the Horns、Deströyer 666、Abominatorで活動しているが、前者2バンドはどちらかというとBlack/Thrash的な志向で、War/Bestial Black Metalではなく、路線的にはAbominator (1994年結成)がBlack/Deathスタイルとして継承している。このバンドは地道に活動を継続させて、War Black Metalの暗黒時代であった90年代後半を生き抜いたバンドである。もしくはオーストラリアにはDarklord(1991年結成)というBlack/Deathスタイルのバンドも知る人ぞ知る形で存在していたが、彼らもまた評価されるのは後年のことである。

 このような形でBlasphemyの原産地であるカナダ、もしくはSadistik Exekutionが撒いた種がBestial Warlustとして発芽したオセアニア、さらに言えば2nd Wave Black Metalの発信地であるヨーロッパではWar/Bestial Black Metalは90年代、雌伏の時を迎えていた。


■ 八章:トレンドに”鈍感”だった地域―南米編

Mystifier.jpg その頃、Sarcófagoの産地であった南米ではどうなっていたかというと、まず前述したとおりフォロワーバンドとしてブラジルからMystifierやImpurityが出てきている。特にMystifierはBlasphemyとの交流もあったというドイツのPoisonのカバーを行っていたり、Bestial Black Metalとしての軸はあれどもBlasphemyにもどこか感覚的に近いようなサウンドで、特に1stアルバム”Wicca”と2ndアルバム” Göetia”は共にこのジャンルにとって必携の作品であろう。またImpurityも1stアルバムを1993年にリリースしてからもコンスタントに活動を続け、この二バンドは前述した90年代後半を乗り切っている。

 またブラジルといえば1988年にデスメタルバンドとして結成したSuppurated Fetusが1991年に改名したGoat Penisも挙げておくべきだろう。Suppurated Fetus時代から1stデモまでは後の彼らのみ知っている人には意外なくらいスカムなグラインドブラックメタルをやっていた。その後、2ndデモはSarcófagoの影響を感じさせるスタイルに変わり、3rdデモではBlasphemyの要素も入ってきたWar Black Metalに変化していった。バンド自体は90年代後半は活動を停止しており、復帰後はそのようなWar Black Metalをソリッドなプロダクションにしたスタイルに変更している。

hadez_demo.jpg 一方でブラジルからさらに”奥地”に目を向けると、ペルーにおいては1986年に結成されたHadezがいる。今となっては南米カルトブラックの重鎮として広く名前を知られるようになったが、恐らく当時は超アングラゾーンとしてローカルエリアでしか知られていない存在だったに違いない。実際、ペルーで初めてメタルバンドとしてCDをリリースしたのがこのHadezだったという話もある。しかしそれだけに南米カルトブラックを醸造する最適の空間で影響力を持っていたと言えよう。彼らに影響を受けたMortuorioなども後に再発によって知られるようになったバンドである。コロンビアではBlasfemia (1986年結成) やらMasacre (1988年結成)やらアクの強いというか崩壊系南米Black/Deathが生まれている。このようにペルーやらコロンビアといった地域では個性的なバンドが多数出てきていたのも地域性と無関係ではあるまい。ちなみにInquisition(1988年結成)もこの頃はまだやや崩壊寄りの南米ブラックメタルをプレイしていた。まさか近年の彼らの完成度の高いブラックメタルからは想像できないが、既に当時世界で認められるために英語歌詞でいくと宣言していたのも今となっては平伏せざるを得ない。

 またチリでは1986年に結成されたDeath Yellがいるが、特に有名なのは1991年にかのTurbo MusicからリリースされたBeheritとのスプリットだろう。この頃の南米と北欧とのリンクも面白い。チリにはかのPentagramもいたし、比較的ヨーロッパからの注目を集めやすい土地柄だったのかもしれない。


■ 九章:トレンドに”鈍感”だった地域―東南アジア編

sexfago.jpg 二章で言及したとおり東南アジアにおいても南米のBestial Black Metalの流儀に沿ったバンドが出てきていた。そこで紹介したAbhorerのメンバーが1988年に結成したSexfagoはアジアンブラックメタルの重鎮、Impietyの前身バンドである。バンド名の通り、完全にSarcófagoのフォロワーとして初期はコピーバンド状態であったが、1990年にImpietyと改名してオリジナルを作り出した。このコラムの内容としては初期音源のみ該当し、その後様々な影響もうけながらアジアンブラックメタルの重鎮に上り詰めている。シンガポールはこの頃は他にNecro Sadist、Istidrajなども出てきている。

 また1989年にはフィリピンにてDeiphagoが結成された。2004年に中米に活動の場を移した彼らであるが、それまではフィリピンにて3枚のデモ作品を生み出している。1996年にはタイにてSurrender of Divinityが結成されており、後にImpietyともスプリットをリリースしている。当時、BeheritのNuclear Holocausto Vengeance氏はマレーシアやシンガポールなどの人と音源トレードを行っていたらしく、さらにタイに移住をしていた時期にこんなことを思っていたという。

「私は東南アジアに永い間滞在している。そこでは若い人々が音楽的理解を求めてMTVに見られるようなメジャーバンドに陥りがちだが、それでもパンクシーンで確立されているようなトゥルーなアンダーグラウンド本能が見られる。ブラックメタルシーンは非常に小さいのだが、Surrender Of Divinityのようなバンドもいるんだ。彼らは非常にクールだ。そこにアンチクリスチャンムーブメントなんて要らないんだよ、ハハハ!」

 この頃の東南アジアは完全に未開の地としての小さなシーンであったが、いわば”小さな南米”としてアンダーグラウンドシーンを形成していたとも言えよう。


■ まとめ

 2nd-Wave Black Metalの興りはブラックメタルというジャンル自体の性質をも変え、ブラックメタルという音楽自体が次第にオーバーグラウンド化する過程で、Blasphemy、Beherit、Archgoatなど様々な後のレジェンドバンドたちが活動を停止していった。特にそのような様相が顕著になったのは1993年以降である。そのようにして北米やヨーロッパではWar/Bestial Black Metalスタイルはメインストリームからの撤退と雌伏を余儀なくされた。もしくはオセアニアにおいても時間差はあれど同様のことが起きた。

 一方で南米や東南アジアではその地域性、物理的距離なども含めてそのようなムーブメントの変化には比較的鈍感であったためか、もしくはインターネットの普及前であったことなども作用して、1st Wave Black Metalスタイルを基盤とするBestial Black Metalが根強く残り、もしくはそれを起点としてさらにアンダーグラウンドにおいてシーンを形成し、世界的には陽の目を見ない状態で独自進化を遂げていった。

 次回以降はインターネットの普及、そしてもう一つはNuclear War Now! Productionの設立とその動機について言及し、当時のWar/Bestial Black Metalがどのように再評価されていったかを探る。もしくはその再評価による影響によって新たなバンドも多数出現し、世界的に一つのジャンルとしてWar/Bestial Black Metalが盛り上がっていった様についても紹介する。そして最後にWar/Bestial War Black Metalの必携盤を紹介し、現在でも活躍するバンドなども紹介して当コラムを閉める予定である。

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Inferno of Sacred Destruction : Black Witchery (2010) 

アメリカのウォーブラックメタルバンド、Black Witcheryの3rdアルバムを紹介
Hells HeadbangersOsmose Productionsより各々リリースされた。

Inferno of Sacred DestructionInferno of Sacred Destruction
(2011/01/18)
Black Witchery

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1990年から活動を始めIrreverent、Witcheryと名前を変えながら成長を遂げ、
1999年にこのバンド名を冠してから3枚目のこのアルバムでまさにピークに達した内容。
まさしくBlasphemyチルドレンの頂点に位置するであろうバンド。

グラインド、デス、ブラックメタルの要素がハイブリットに組み込まれ、
それらが全て神への冒涜のために効率よく使用されきっている。
しかも個人的には各要素がバランスよく入っているとも感じていて、
ウォーブラック初心者であっても受け入れやすい内容ではないかとも思う。

Conquerorのカバーも収録されているが、
他の楽曲に対して余りに自然に入っていて気付かなかったのも面白かった。

手元にあるのはHells Headbangersリリースのものだが、
Discogsを見る限りはOsmoseリリースのものでもDVD付きの2枚組。
2009年にヘルシンキで行われたライブを見ることができる。
中古購入の時はDVDがついているかどうか確認したほうがよいだろう。
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War Of All Against All : Diocletian (2010) 

ニュージーランドのウォーブラックメタルバンド、Diocletianの2ndアルバムを紹介。
アイルランドのInvictus Productionsからリリースされた。

Diocletian2.jpg

カナダのBlasphemyConquerorRevengeあたりのウォーブラックを展開。
グラインドコア的なブラストの暴走っぷりもさることながら、
ミドル、スローテンポを取り入れた緩急の付け方など全てにおいてグレイト。

楽曲が非常に強力で、とてつもなく邪悪で神への冒涜に満ちている。
決して前記2バンドにも引けを取らない強力なバンド。
この作品の後、大手レーベルに移籍したのも頷ける完成度。

この手のジャンルが好きな人はマストバイではなかろうか。

Encyclopaedia Metallum - Diocletian
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